寄稿コラム

【寄稿コラム:奥山 睦氏】テレワークで拓く女性のプロティアン・キャリア

奥山 睦(おくやま・むつみ)氏
株式会社ウイル 代表取締役
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科後期博士課程在籍中。法政大学大学院政策創造研究科前期博士課程修了(政策学修士)。武蔵野美術大学実技専修科油絵専攻卒業。静岡大学大学院総合科学技術研究科客員教授。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。日本女子大学家政経済学科非常勤講師。「福島モノづくりブランド構築研究会」委員長、経済産業省「素形材産業における女性の活躍推進に向けた検討委員会」委員等を歴任。山形県長井市を首都圏から応援する「ふるさと長井会」産業部会理事。国家資格キャリア・コンサルタント、公益財団法人日本生産性本部認定メンタルサポーターなど数々の地域活性化のためのプランニング・商品開発等に携わり、2020年7月に「大森貝塚ビール」をリリース 著書に『35歳からの女性のハッピーキャリア』(2017 同友館)、『下町ボブスレー 僕らのソリが五輪に挑む』(2013 日刊工業新聞社)、『「折れない」中小企業の作り方』(2012 日刊工業新聞社)、『改訂版 メイド・イン・大田区』(2008 静岡学術出版) 『職人の作り方』(2008 毎日コミュニケーションズ)、『大田区スタイル』(2006 アスキー)、『メイド・イン・大田区』(2005 サイビズ)等。 共著に『働き方の問題地図』(2017 技術評論社)『キャリア・チェンジ! 』(2013 生産性出版)、編著に『大田区の法則』(2014 泰文堂)等多数。 株式会社ウイル https://www.officewill.co.jp

 

テレワーク歴20余年を振り返って

1990年に創業した弊社は2020年で創立30周年を迎えました。弊社の歴史はテレワークとともに歩んできたと言っても過言ではありません。ざっとその歴史を簡単に振り返ってみます。
 

育児期をきっかけとしたテレワーク草創期

1992年、弊社ではMacintoshを導入しました。アナログで対応していた編集作業から、DTP(DeskTop Publishing:デスクトップパブリッシング=机上編集)を始めました。
翌93年、インターネットを導入。多分、周囲の中小企業で使用しているところは、皆無に等しかった時代だったと思います。ブラウザもモザイクからネットスケープに変わるところでした。
94年、会社のホームページを立ち上げました。まだホームページソフトが普及していない頃です。独学でホームページ制作を学び、すべてhtmlを私が手書きしました。
テレワークをスタートしたきっかけは、私自身が会社を創業して1年目で結婚、2年目で出産、3年目に育児期を迎えたからでした。当時延長保育などなく、保育園の17:00までという「門限」が立ちはだかっていたため、私が移動するのではなく、データを移動させて育児をしながら社で完結できなかった仕事を自宅で続けよう、そんな必然に迫られたからでした。

社会的潮流が後押ししたテレワーク発展期

95年、Microsoft社のWindows95の普及により、爆発的にPCが普及し、一般家庭の中にも入りこみ始めました。その頃から「在宅ワーク」、「SOHO」(small office, home office)という言葉が出始め、家庭にいる主婦の方々をインターネットで繋げて、仕事を請け負うスタイルが出始めてきました。弊社もその潮流にいた1社でした。
96年、某大手プロバイダのコンテンツ制作を請け負い、7年続きました。その時に約200名の在宅ワーカーの方々の力を借りて、行なっておりました。当時知り合った在宅ワーカーの方とのご縁で97年、静岡県東部地区SOHO推進協議会・静岡県SOHO振興協議会主催の第1回セミナーにもお招きいただき、「新しいワークスタイル---SOHOとは何か?」をテーマに講演をさせて頂いたこともあります。



97年、(公財)21世紀職業財団から「在宅ワークハンドブック」の企画制作を委託され、全執筆を手掛けました。そのハンドブックは改訂を繰り返し、現在は「在宅ワーカーのためのハンドブック」として厚生労働省(以下厚労省)のサイトからダウンロード出来ます。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000068141.pdf

同年、大田区で異業種交流グループ「大田女性企業家ネットワーク(現・大田女性ネットワーク) TES(テス)」が立ち上がりました。発足式には大田区蒲田の大田区産業プラザに前大田区長をはじめ、150名が参集。大田区で初めて同プラザと他の場所をインターネットで繋げて、遠隔セミナーを行いました。
98年、総務省から電子メッセージング活用優良企業として、「チャレンジ賞」を頂き顕彰されました。同年、厚労省管轄のテレワークの研究会が組織され、座長はのちに法政大学大学院政策創造研究科修士課程時代の恩師・諏訪康雄先生(現法政大学名誉教授)でした。そこには8年ほど関わり、各種セミナーの講師で全国を回り、また啓発本の制作等を担当しました。

リスクヘッジのためのテレワーク活用第1期

その後も様々な局面で、テレワークを活用しながら仕事を続けてきました。2015年、突然人生の危機に陥りました。糖尿病、高血圧、脳梗塞という大病を患ったのです。1年間はほぼ寝たきりでした。
闘病生活中、テレワークの有難さを身に染みて感じました。社のスタッフへの指示はiPhoneからSiri(iPhoneやiPadに搭載された「話しかけるだけでスマホの操作を代わりに行ってくれるアシスタント機能」)で行いました。
当時は右半身の麻痺のためPCを触ることさえ難しく、寝たままでiPhoneからSiriに話しかけて社へE-メールをしていたのです。その後、水中ウォーキングによる運動療法、低カロリー・低糖質の食事療法を徹底し、日を追って回復していきました。現在は、右足に若干の麻痺が残りましたが、言語や思考に障がいはありません。
 

リスクヘッジのためのテレワーク活用第2期

そして2020年、全世界に新型コロナウイルス(以下COVID-19)が蔓延し、日本でもその状況下で日々生きていくことを迫られました。いわゆるwith COVID-19時代に突入したのです。
3月13日、COVID-19の特別措置法に基づく措置「緊急事態宣言」が成立しました。これによって安倍総理大臣は4月7日に東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に緊急事態宣言を行い、4月16日に対象を全国に拡大しました。その後、何度かの対象地域の拡大や解除を経て、5月25日には全国で解除されました。
弊社では緊急事態宣言が発令される前の4月1日から本格的なテレワーク体制を始めました。原則週2日を出勤日として、残りの日はテレワークで対応し、それは現在も続いています。
一番の理由は、弊社の女性スタッフには、身内が既往症を抱えていたり、高齢者を抱えていたり、障がいをお持ちのお子さんがいたりする人たちがいたからです。私自身もかつて重篤な病気を患い、いまだに投薬を続けて日々生活をしています。様々な環境に置かれた女性たちが、有事にあっても仕事を続けるためには、テレワークは最適な手段のひとつです。ですからCOVID-19が収束の目途がたつまでは、弊社はこのスタイルを継続していくつもりです。それは弊社がPCとインターネット環境があれば仕事ができる企画や編集の業種だったことも幸いしました。
また現在、静岡大学を始め、3つの大学で教鞭を執らせて頂いておりますが、すべてオンライン授業で行っております。私が対面授業からオンライン授業に比較的スムースに対応できたのも、テレワークでオンライン作業に慣れていた恩恵だと思っています。
以上のように弊社の歴史から簡単にテレワークとの関わり合いをご紹介しました。30年の歴史の中では、都度毎に変化対応が求められていき、その方策としてテレワークを活用してきたことを事例としてご紹介したかったのです。

 

after COVID-19のキャリアのキーワード、「プロティアン・キャリア」

それでは改めて想定されるafter COVID-19の女性のキャリアについて、考えてみたいと思います。そのキーワードとなるのが「プロティアン・キャリア=変幻自在なキャリア」です。
プロティアン(Protean)とは、ギリシャ神話に登場するプロテウスにちなんでおり、彼がさまざまな形に体を変えることから、環境の変化に自律的に適応し、自分のキャリアの方向性を臨機応変に変えていくキャリアのあり方を指します。
プロティアン・キャリアは、1976年にボストン大学経営大学院のダグラス・ティム・ホール教授が提唱したキャリア理論です。彼は自説の中で2つのコンピテンシーを提示しています。ひとつは「アイデンティティ(自己同一性)」、もうひとつは「アダプタリティ(適応能力)」です。
アイデンティティとは「この仕事は自分にとってどんな意味を持つのだろう?」、「私は根底にこの仕事にどんな価値観を持っているんだろう?」ということを考えられる能力のことです。自分の興味・価値観・能力などに対する自己理解の程度、および過去と現在と未来の自己概念の統合の度合いを言います。要は十分な自己理解と過去から未来に至るまで統合的に一貫した自己像を持つことです。
一方、アダプタリティとは「自分もやってみたい」、「もしやってみたらどうなるんだろう?」という前向きな姿勢であり、以下の4項目から成ります。

①反応学習(response learning)
変化する外部環境からのサインを読み取り、その要求に反応したり、逆に環境に影響を及ぼしたりするために、役割行動を発展させたり最新のものにしたりする。

②アイデンティティの探索(identity exploration)
アイデンティティの維持や修正を行うために、自己に関する完全かつ正確な情報を得ようと試みる。

③統合力(integrative potential)
自分の行動とアイデンティティの一致を保ち、環境変化にタイムリーかつ的確に応える。

④適応モチベーション(adaptive motivation)
上記3つの適応を行う能力(適応コンピテンス)を発達させたり、所与の状況に対して応用させようとしたりする意志。

アイデンティティとアダプタリティは、日々の仕事の中で、「新たなチャレンジをしながら、自分に還元できる能力があれば、キャリアを高めることができる」ということを意味します。
現代社会は環境変化が激しく、ひとつのキャリアビジョンにこだわり続けることが難しいと言えます。特に不測の事態の連続であるwith COVID-19時代に生きる私たちは、「環境が変わったら、自分も変化対応していけるようなキャリア形成が重要である」と考えたほうが自然です。
そしてAIやIoTといった技術の進化によって既存の職業がなくなり、一方で新しい職業が生まれてきています。また人生100年時代を迎え、定年制度の延長をはじめ、70歳超えてまで働かなければいけなくなる時代もすぐそこに迫っています。人口減少による労働力不足、女性活躍推進社会、そして高齢者の就労機会の確保などさまざまな要素が現代社会の課題として顕れてきています。
そのような時代にあって、複数の組織を自在に移動し、かつ揺るぎのない自分を確立していく考え方が必要になってくるのではないでしょうか? 営利で強固に結びついていた組織が分解され、都度毎に最適な個人が再結合し、課題解決を提示するafter COVID-19にあるべき姿を、プロティアン・キャリアという考え方は私たちに気づかせてくれます。
下の図は、従来型のキャリアとプロティアン・キャリアを比較したものです。違いを比べてみてください。

 

プロティアン・キャリアは女性の働き方を後押しする

育児や介護に代表されるようなさまざまな環境への対応を迫られる女性たちには、まさにプロティアン・キャリアの実現によって、働き続ける力をつけることができます。
そのための牽引力になるのがテレワークです。私はテレワークのメリットは「公私融合」だと考えます(「公私混同」ではありません)。家事をしながら、育児をしながら、介護をしながら、それでも仕事に向きあい続けられるライフスタイル。そして地域活動やプライベートの楽しみを尊重しながら仕事に向きあい続けられるライフスタイルでもあります。
また、仕事をソフトランディングしなければならなくなる時期が必ず誰にも訪れます。私にとってそれは闘病生活期でしたし、その数年後に訪れた、実母と義父をほぼ同時に看取った介護期でした。
しかし、そんな時期にあっても私は「プールの底を蹴って水面に顔を上げるイメージ」を持ち続けてきました。闘病生活中にはテレワークで仕事を継続しながら、なおかつ出来る範囲でコツコツと勉強を続け、1年後には慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科博士課程に合格しました。50歳を超えてからの挑戦でした。そして大学院で学んだ知見を仕事に活かし、現在に至ります。それを実現させるためには私の再起を心から応援してくれる家族や友人、仕事関係者などがいたことも大きかったと思います。
企業のマネジメントに携わる方は、ぜひ女性のプロティアン・キャリアを応援して頂きたいと切に願います。そのためには何が必要でしょうか? 女性がワンオペで家事、育児、介護、地域活動などを担わないで済むような柔軟な働き方を、男女ともに組織の制度として作って頂くことだと思います。
そして組織としては特に7つのことに取り組んで頂きたいと思います。

①従業員がチャレンジできる場づくり
今まで取り組んだことのないような仕事や、少し難しい仕事に挑戦できる環境を提供すること。

②メンター(支援者、指導者、助言者)の存在づくり
成長過程の従業員が悩んだり困ったりした時に、支援してくれるメンターを育成すること。

③研修
定期的かつ継続的に学びの場を設けることで、アイデンティティやアダプタリティを身につけさせること。

⑤内省を促す
従業員が取り組んだ仕事が終わったら、「その仕事の中で自分がどんなことを学んだのか」をすぐにその場で振り返らせること。特に文字として残すことが、組織にとっても従業員にとっても記録になり有効です。

⑥複業の解禁
従業員のキャリアの柱を自社1本に絞らなくてもいいようにすること。複数の組織を自在に横断できる従業員は自己マネジメント能力に優れ、組織に新しい発想とイノベーションをもたらします。

⑦テレワークの推進
どんな従業員であっても、人生や社会の危機的状況に直面するときが必ず到来します。そんなときに「出社」という時間的・空間的拘束をせずに仕事を続けられるのがテレワークであり、従業員にそのメリットを享受させることが大切です。


プロティアン・キャリアにおいては、キャリアの主体は従業員個人であり、組織がすべてを担うものではありません。従業員が自分自身のキャリアを磨き、組織においても従業員に対して柔軟な対応を目指すことが、今後の社会では重要になってくることでしょう。
プロティアン・キャリアでは仕事に対する満足感や成長の実感こそが重要とされます。給与などの金額評価も意味がないものではありませんが、形に残らない資産(技術や専門知識など)もキャリアのひとつです。企業のマネジメントに携わる方は、ぜひその点をご理解いただき、それを後押しする制度を整備していただきたいと思います。それが女性のプロティアン・キャリアを後押しし、ひいては女性従業員の活躍の場をさらに拓くことにつながります。

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